大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(行)92号 判決 1963年9月02日

判   決

東京都大田区上池上町四六〇番地

原告

藤田千太

同都千代田区二番町九

被告中央労働基準監督署長

広井勇

右指定代理人検事

横山茂晴

同法務事務官

鹿内清三

同労働基準監督官

見戸直彦

右当事者間の昭和三六年(行)第九二号労働保険給付を求むる訴事件について、当裁判所は、左のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告は、「被告が昭和三三年四月二八日附で原告に対しなした労働者災害補償保険法による障害補償費支給に関する処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因事実として、左のとおり述べた。

1  原告は、株式会社熊谷組東京支店の施工工事に石工として就労中、昭和三二年七月一二日午前一一時頃東京都中央区銀座八丁目一の千成ビル作業場において、落下してきた角木材が後頭部にあたり、そのため転倒して腰部をも打撲した。原告は、当時菊地病院で応急手当をうけた他、その後関外科病院、国立東京第一病院、昭和医科大学附属病院、東京労災病院等においても約七カ月間にわたる治療をつづけたが、現在にいたるも、なお、頭痛、耳鳴、めまい、健忘、頭重、言語障害、不眠、腰痛等に悩んでいる。

2  そこで、原告は、昭和三三年四月八日被告に対し障害補償費を請求したところ、被告は、同年同月二八日原告に対し原告の障害が労働基準法施行規則別表第二身体障害表の第一四級九号(以下障害等級第一四級の九と称する)に該当するものとして、同等級相当額の障害補償費を支給する旨の処分をした。

原告は、右処分に異議を述べ、東京労働者災害補償保険審査官に対し、審査の請求をなしたが、同審査官は中央労働基準監督署長と同様の理由によつて原告の審査請求を棄却した。それで原告は、さらにこれを不服として、労働保険審査会長に対し再審査請求をしたところ、同会長は昭和三六年五月三一日原告に対し右再審査請求を棄却する旨裁決した。

3  しかし、原告の労働力の低下は著しく、原告の障害は右等級を越える障害等級に該当すべきものであるから、原告は被告のなした処分の取消を求めて、裁決のあつた日から六ケ月以内に本訴提起に及んだものである。

二  被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として左のとおり述べた。

1  請求原因1及び2の主張中、原告にその主張のような身体上の障害が存すること、それが本件作業上の負傷によることを争い、その余の主張を認める。同三の主張を争う。

2  原告は、原告主張の各病院における治療の結果、昭和三三年一月三〇日なおつたものであつて、原告が主張する頭痛耳鳴等々の神経症はすべて主観的な自覚症状に過ぎず、また、本件作業上の負傷に起因するものとも解しがたい。のみならず、これらの神経症状は必ずしも頑固なものではないことは労働保険審査会長の裁決において詳細に認定しているとおりであるから、被告の処分は正当であつて、これを取消すべき事由はない。

二  立証(省略)。

理由

原告が請求の原因として主張する1及び2の事実中、原告の身体に本件作業上の負傷による障害が存するとの点を除き、その余の事実については、当事者間に争いがない。

原告は、本件作業上の負傷により、原告の身体にその主張のような障害が残存し、且つ、その程度は障害等級第一四級の九を越える等級に該当すると主張する。

(証拠―省略)によると原告は本件業務上の負傷による障害として、両側常在性耳鳴をもつていることが認められる。更に、(証拠―省略)によると、原告は変形性背椎症をもち、それが腰痛の原因であると推認できるのであるが、右変形性背椎症と本件作業上の負傷との間に因果関係を認めるに足る証拠がなく、むしろ、前掲(証拠―省略)によると、右変形性背椎症は本件業務上の負傷によるものでなくそれ以前既に存していたことが認められるから、原告の腰痛は本件作業上の負傷によるものではないといわなければならない。次に、前記耳鳴及び腰痛以外の原告の身体上の障害については、(証拠―省略)によると、原告は当法廷においては勿論、原告を診断した各医師に対しても、常に、原告主張の障害のあることを訴えていたことが認められる。しかし、そのことだけで、直ちに、右障害の存在を認定することはできない。むしろ、前掲(証拠―省略)によると医師が原告に対し脳波検査、髄波検査、腱反射検査、レントゲン検査等をした結果では、原告の身体に、前記耳鳴、背椎変形の外は、病的異状を発見することができなかつたことが認められるのみならず、他に原告が訴えるような身体上の障害があることを認めるに足りる証拠がない。

そうすると、原告の身体には、本件業務上の負傷による障害としては、前記耳鳴が存在するにすぎない。

そこで、原告の耳鳴が障害等級第一四級の九より上位の等級に該当するかどうかを検討するに、原告尋問結果によると、原告は本件作業上の負傷後は、それ以前に比べると、作業を休む日が多くなつたが、しかし、一ケ月のうち、休日及び従来から作業を休むことがあつた雨天の日を除いて、なお、一五日ないし二〇日間は作業に従事していることが認められ、この事実に前掲証言を総合すると、原告の耳鳴は、原告の労働力を著しく低下させる程頑固なものでなく、障害等級第一二級の一二にいわゆる「局部に頑固な精神症状を残すもの」に該当するに至らないものと認められ他に原告の耳鳴が障害等級第一四の九より上位のいずれかの等級に該当するものと認め得べき証拠はなく、けつきよく、前記認定の事実及び前掲証言によると、障害等級第一四の九にいわゆる「局部に神経症状を残するもの」に該当するものと認めるほかはない。

そうすると、被告がした原告の身体上の障害を障害等級第一四級の九に該当するものとし、同級相当の障害補償金を支給する旨の本件処分を違法とすることはできないから、その取消を求める原告の本訴請求は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 西 岡 悌 次

裁判官 松 野 嘉 貞

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例